ここでは、コンスタン時代の著作について概観する。
 コンスタンの著作は、教会側の非難を浴びなかったことはなかったとはいえ、彼自身は処女作『五月の薔薇の樹』(1839)から『神の母、宗教的人道主義的叙事詩』(1844)の頃までは、正統のキリスト教徒であることを信じていた。以上のニ書に加えて『自由の聖書』(1841)、『女の昇天、あるいは愛の自由』(1841)などの著作は、聖書の物語を基にした教訓集の如きものであり、その叙事詩的構成が特徴となっている。

 この当時のコンスタンは、自分をカトリクとして限定した上で、異端的な思想や政治的志向を聖書の力、信仰による救いと結びつけようとしていた。従ってそれは結果的に如何なる内容となろうとも、基未的にカトリックの書とすることが出来るであろう。

 それはラムネーやアルフオンス・エスキロスなどの当時の新しい思想の流れの影響を受けたものであり、ロマン派の宗教詩の主題が可能な限り表わされている。しかもさらにコンスタンは彼らより一歩進んだかたちで、そのなかに社会義的な革命理論を導入したのである。

 だが彼が他の宗教家や社会主義者たちと根木的に区別される点は、彼には熱烈な女件宗拝思想が存在するということである。たとえば『最後の化肉』(1846)で、「マリアは今日この地上にあって、未来の希望を予感するすべての女のうちに生きている」(1)と述べているように、彼にとっては、全ての女がマリアであり聖母なのである。

 それはネルヴァルの、「そばによってみれば、現実の女は、私たちの無垢な心をうらぎった。女は、女王や、女神のようでなければならないのだ」(佐々未孝次訳)といった、中途半端な男の側からの夢ではなかった。自身の理想ないし希望の投影としての女性ではなく、コンスタンに於いては、女性は完全に抽象的存在として初めから規定されているのである。それは、女性は未来においてその本質的な意味を持つというコンスタンの核心に起因している。『女の昇天あるいは愛の自由』(1841)では、以下の如き文章で表わされている。

 人類の大家族が女を女王とし母とするとき、幼い子供が愛撫に飢えることはもはやないであろうし、弱者がパンに欠乏することもなくなるであろう。キリスト教の象徴は慈愛なるものを、乳にみちた乳房のまわりに群がる多くの子供を抱きしめた、一人の女の姿によって表わしている。新しき社会はかくなるべきであろう。キリストの言葉によって、両性はもはや一つでしかなくなり、偉大なアンドロギュヌスが創造されるであろう。人類は男であるとともに女、愛であるとともに思想、優しさであるとともに力、美であるとともにエネルギーとなるであろう。 (2)
 これはつまり、彼がエリファス・レヴィとならずにはいられなかった、超越の思想の根本である。女性は、ただ単に女性であるということではその存在の真の意味は決して完成されないのである。存在の真の意味を見出そうとするならば、その存在を超越しなければならないのである。
 
 

−註−
  1. 巖谷國士 『幻視者たち』
  2. 澁澤龍彦 『悪魔のいる文学史』 中央公論社 昭和五十七年